
医療費の自己負担額に上限を設ける「高額療養費制度」。
現在、その上限額の見直し(引き上げ)が、国会で検討されています。
今回は、高額療養費制度がどういうものであるか、その基本的な情報と、現在検討されている引き上げ案について解説いたします。
高額療養費制度とは
高額療養費の基本的な仕組み
医療費の家計負担が重くならないよう、医療機関や薬局の窓口で支払う医療費が1か月(歴月:1日から末日まで)で上限額を超えた場合、その超えた額を支給する「高額療養費制度」(こうがくりょうようひせいど)があります。
厚生労働省-高額療養費制度を利用される皆さまへ
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryouhoken/juuyou/kougakuiryou/index.html
保険診療に於いて、患者は診療費用の総額ではなく、それぞれに設定された負担割合に準じて計算される自己負担額のみを、窓口で支払うことになります。
たとえば、負担割合が3割で、診療費用の総額が10,000円だった場合、10,000円×3割=3,000円が患者の自己負担額となります。
この計算に当て嵌めると、もし診療費用の総額が1,000,000円であった場合、1,000,000円×3割=300,000円を、自己負担額として窓口で支払う必要があります。
高額の自己負担は、患者の生活に大きな打撃となり、治療を継続していくことが難しくなります。
そこで、国はこの自己負担額に、それぞれの所得に応じた上限を設けました。
厚生労働省-高額療養費制度を利用される皆さまへ https://www.mhlw.go.jp/content/000333279.pdf
20250226b厚生労働省-高額療養費制度を利用される皆さまへ https://www.mhlw.go.jp/content/000333279.pdf
設けられた上限は、70歳以上の方であれば6段階、70歳未満の方であれば5段階に分かれています(2025年2月現在)。
先ほどの、診療費用の総額が1,000,000円であった例で計算してみましょう。
もしこの患者が50歳で、年収約500万円、適用区分「ウ」に該当する場合、
80,100円+(医療費1,000,000円-267,000)×1%=87,430円
となります。
3割負担で単純計算した際の300,000円と比較すると、200,000円以上、負担額が軽減されていますね。
ちなみに、窓口でのお支払い時点で自己負担額を軽減したい場合は、①マイナ保険証を利用して受診するか、②あらかじめ限度額適用認定証の交付手続きをしておく必要があります。①マイナ保険証で限度額の表示に同意すること、もしくは②限度額適用認定証を医療機関の窓口で提示することにより、軽減された金額(上記の例であれば87,430円)でのお支払いとなります。
もし上記の手続きをしていない場合、窓口にていったん軽減前の金額(上記の例であれば300,000円)をお支払いし、後日申請し還付を受けることになります。
さらに負担軽減する「多数回該当」制度
高額療養費制度には、上記の基本的な制度に加え、さらに負担を軽減する「多数回該当」という制度も設けられています。
これは、自己負担額上限に達する窓口負担が一定回数に達した場合、「多数回」とされ、自己負担上限額がさらに軽減されるものです。「多数回」とされるのは、過去12か月以内に3回上限に達している場合の、4回目以降です。
厚生労働省-高額療養費制度を利用される皆さまへ https://www.mhlw.go.jp/content/000333279.pdf
こちらも、先ほどの例で考えてみましょう。
診療費用の総額が1,000,000円、患者は50歳で、年収約500万円、適用区分「ウ」に該当します。
2024年8月の受診ではじめて負担上限額に達し(①)、
2024年9月の受診でも同様に負担上限に達し(②)、
2024年10月の受診では負担上限に達せず、
2025年1月の受診でふたたび負担上限に達しました(③)。
2025年2月の受診で負担上限に達すると、これが4回目(④)。「多数回」となり、このときの自己負担から、「多数回該当」の額が適用されます。
適用区分「ウ」であるこの患者の場合は、44,400円です。
当初の300,000円と比較すると、非常に大きな額が軽減されています。高額となる治療が必要な患者にとって、なくてはならない制度です。
*なお、上記のとおり、負担上限に達する月は連続している必要はありません。過去12か月の範囲におさまっていれば、「多数回」のカウントに算入することができます。
高額療養費制度の自己負担額引き上げ案
見直しの内容
このように、医療を安心して受けるための高額療養費制度ですが、いま、この制度の見直しが行われようとしています。内容は以下のとおりです。
20250227a厚生労働省-高額療養費制度の見直しについて https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/001393881.pdf
こちらは70歳以上の方の例です。3年間かけて上限額の引き上げが行われる予定です。
まず令和7年8月、まず現状の6段階を維持したまま、上限額が引き上げられます。
次に令和8年8月、6段階から14段階に区分が増やされ、段階によっては上限額が引き上げられます。
最後に令和9年8月、14段階すべての区分の上限額が引き上げられます。
同様に、70歳未満の方についても、現状の5段階のまま上限額が引き上げられた後、13段階に区分が増やされ、それぞれの上限額が引き上げられます。
こちらもまた、例を挙げて計算してみましょう。
診療費用の総額が1,000,000円、患者は50歳で、年収約500万円、適用区分「ウ」に該当する患者。引き上げが行われる前の自己負担額は87,430円でした。
引き上げ後の計算式に当て嵌めると、
88,200円+(医療費1,000,000円- 294,000)×1%=95,260円
となります。
引き上げ前の87,430円と比較すると、7,830円の負担増です。
この例は引き上げ幅が比較的小さいものですが、それでも確実に経済的負担は大きくなります。
また、さらに高額な診療費用となる患者や、治療を長く続けなければならない患者にとっては、非常に苦しい引き上げです。
問題点は
国は引き上げの理由について、
高額療養費について、高齢化や高額薬剤の普及等によりその総額は年々増加しており、結果として現役世代を中心とした保険料が増加してきた。そこで、セーフティネットとしての高額療養費の役割を維持しつつ、健康な方を含めた全ての世代の被保険者の保険料負担の軽減を図る観点から、以下の方向で見直す。
厚生労働省-高額療養費制度の見直しについて https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/001393881.pdf
このように説明しています。
たしかに、近年の急速な少子高齢化や薬剤価格の高騰により、医療保険制度の維持が危ぶまれています。何らかの措置を講じなければならないということも理解できます。
しかし前述のとおり、高額療養費制度は、高額な治療が必要な患者にとってなくてはならない制度です。
長期にわたり治療を続ける中で、満足に働けない状況に陥る方もいらっしゃるでしょう。生活費を賄うのに精一杯で、診療費用まで手が回らない可能性もあります。
そんな方々にとって、高額療養費の見直しによる自己負担限度額の引き上げは、受診をあきらめざるを得なくなる可能性がある措置です。
公益社団法人 日本臨床腫瘍学会、一般社団法人 日本癌学会、一般社団法人 日本癌治療学会が、共同で声明を発表しています。
がん治療において、ほとんどの薬物療法は 4 か月以上続く上に、特に最近の抗悪性腫瘍薬の薬剤費は高額です。最初の 3 回の自己負担額上限が増額されることにより、適切ながん治療を受けることを躊躇する患者さんが現れることを懸念します。
高額療養費制度における自己負担上限額引き上げに関する声明 https://www.jsmo.or.jp/wp/wp-content/uploads/ba4e5a5f56eb2619d9f11808bf7f50fd.pdf
予定通りであれば今年8月には実施されてしまう今回の引き上げ措置。
医療保険制度をめぐる問題と患者の権利、そのバランスをとる見直しとなることを切に願います。